平凡な社会福祉士のさらなる挑戦☆


by sw-michihiro
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カテゴリ:ゼミ☆スポ(ゼミ長スポーツ)( 32 )

国際Aマッチデー
昨日の話ですが…f^_^;
ガンバ大阪から宮本、加地、遠藤に
ガンバOBの海外組みの大黒、稲本が加わって
ガンバは関係なくても、最高に近いメンバーで望んだこの試合

中田英寿の劇的ヘッド~~~♪

で、何とかドローに!
ディフェンス面での課題が残った試合でしたが
中村俊輔なんかは光ってましたね♪

試合内容は他の方がブログしてくれているので
違う話題を…

1984年の冬季オリンピックは
ユーゴスラビアのサラエボで行われていました
スピードスケートの黒岩彰がメダル候補だったんですが
プレッシャーから敗北…
変わりに北沢選手が銀メダルを獲ったのは覚えています(*^_^*)

そんな華やかなオリンピックが行われていたサラエボも
80年代末に入り、東欧諸国の共産党の一党体制が崩壊の影響をうけ
やがて、悲劇の舞台へと変わってしまいます

ユーゴスラビアが解体する直前に実施した1991年の国勢調査によると、
サラエボ市の総人口は53万人。
その民族構成は「ムスリム人」49%、セルビア人30%、クロアチア人7%、「ユーゴスラヴィア人」(第2次大戦後の社会主義体制下で誕生した統合的な民族)11%であった。
この町には民族の異なる両親を持ち、自身を「ユーゴスラビア人」としか言いようのない人々が数多く居住していました。

ユーゴスラビアからのスロベニアとクロアチアの独立を受け、
ボスニアにおいても独立の賛否を問う国民投票が実施され、
セルビア人がボイコットする中、有権者総数の62%が独立に賛成
1992年の3月にボスニアはユーゴスラビアからの独立を宣言しました。
しかし、独立賛成派のムスリム人・クロアチア人勢力と独立によりボスニア内では少数民族となってしまうセルビア人勢力との中で武力衝突が勃発してしまいます。

他民族の自己領域からの排除のため、
民族浄化(エスニック・クレンジング)」と呼ばれる追い出し政策をそれぞれの民族が推し進めたため、
難民・避難民は総人口の半分を超える250万人近くにまで達し
敵対民族を根絶やしにする目的で「集団レイプ」が組織的に行われ、「強制収容所」に敵対民族を連行・虐待していたことなどは欧米諸国でも報道され、世間を震撼させることとなります。

首都サラエボはセルビア人勢力により包囲され、陸の孤島と化し
市場も砲撃され、買い物に来ていた多数の一般市民が犠牲となり
1984年にサラエボオリンピックが開催された会場も破壊され、スタジアムは墓地へと変わります。
ボスニア国立図書館も砲撃を受け、貴重な蔵書はすべて灰燼と帰することとなります。

国連は1992年6月に国連防護軍を派遣し、
孤立するサラエボに援助物資が届けられることとなるが
事態の収拾に努めるも、国連防護軍の犠牲が相次いだために、
NATOに対してセルビア人勢力への空爆要請がなされ、
94年4月になり限定的空爆が行われる。
94年12月にはカーター特使がボスニアに入り、4ヶ月の停戦が実現した…が

95年5月に停戦が失効すると、ムスリム勢力とセルビア勢力の戦闘は激化する。
国際的に孤立したセルビア人勢力は国連防護軍兵士を人質にとって「人間の盾」にするほど追い込まれて

その最中の7月、ボスニア東部の街スレブレニツァは、
国連により安全地帯に指定され600人の軽装備のオランダ部隊が展開していたが、
重装備のセルビア人勢力に攻撃されたためにオランダ部隊は撤退し、
残されていたムスリム男性の8000人といわれる人たちが連れ去られて行方不明となる。
ヨーロッパでは、ホロコースト以来の大虐殺として、「スレブレニツァの大虐殺」は知られている。

それ以降、NATOによるセルビア人勢力への空爆は激しくなり、
戦闘勢力は急激に低下していく。

95年11月、アメリカのデイトンで和平協定に仮調印することとなった。
ボスニアは「ボスニア連邦(ムスリム・クロアチア人、国土の51%)」と「セルビア人共和国(セルビア人勢力、国土の49%)」からなる単一国家として維持されることとなり
3年間で20万人の犠牲者を出したボスニア紛争は、
12月のパリにおける和平合意正式調印をもって終結することとなる。

※とあるホームページからの抜粋ですf^_^;

そんな悲劇の惨劇から立ち上がろうとしている
ボスニア・ヘルツェゴビナと日本代表が
親善試合が出来るなんて…(T_T)

一応、今回の日本代表の位置づけは
仮想クロアチア
でも、サッカーを通じて民族の歴史を知る
他の国の人々と触れ合う♪

勝敗はモチロン大切ですが
勝敗の枠を超えてでも大切なこともある(^^)/
W杯ってそういう場じゃないかなぁ…と思いました♪
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by sw-michihiro | 2006-03-01 22:59 | ゼミ☆スポ(ゼミ長スポーツ)

SBCパーク

Sam's Army
サッカーの日米決戦直前なんですが、
もう少ししたら用事で外出しないといけない…(T_T)

サッカー日米戦といえば
PK戦で負けたシドニー五輪を思い出します…
あの時は、神戸の三宮の屋外のテレビで釘付けになっていました
まずは、サッカーで宿敵・アメリカを撃破して
W杯に向けてのステップはモチロンのこと
今日から始まったトリノ五輪の日本代表にも
弾みをつけることができる1戦になることを期待します♪

普段はガンバサポーターの私ですが
代表戦は『サムライブルー』を背負った青き戦士の
皆さんを応援しています(^0^)/

それはそうと、今回の会場となるSBCパークは

大リーグのサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地なんですね…(@_@)

昔、阪神甲子園球場で
ガンバ大阪vsヴェルディ川崎
の試合が行われていたのを思い出しました(笑)

サッカーの試合観戦なのに、外野席( ´,_ゝ`)プッ

『野球の聖地』でのサッカーの試合も
それはそれで面白かったですよV(^-^)V
また、やってくれないかなぁ…

でも、ボールとゴールがあればサッカーができる!
まさに原点かもしれませんねo(^-^)o
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by sw-michihiro | 2006-02-11 13:09 | ゼミ☆スポ(ゼミ長スポーツ)